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みゅひゃぁ

古田織部正重然に魅了され、『へうげもの』を目指す流浪者によるうぇぶろぐ。日々の雑記やプロ野球についてを、時折22時30分更新するで候。

僕は大学が嫌いでした。でも大学は卒業しました。

ウイイイイイイイイイイイイ↑ッス!どうも、ひかしゃで~す!

 

とある大学に関する記事を読んでね。

 

toyokeizai.net

 

面倒見がよい大学ベスト100のランキングを流し読みしてたら、目が留まった。

 

ぼく「ワイの出身校がベスト100に入っとるやんけ…。」

 

何処をどう見ると、面倒見がよい大学だったのか、理解に苦しんだ。

記事を読み直して、その答えがわかった。

 

面倒見がよい大学というと、学生を手取り足取り指導してくれるイメージがあるが、そうではない。基本的には学生が能動的に動こうとした時に、サポートする制度があることが面倒見のよさになる。 

 

大切なのは、"学生が能動的に動こうとした時に"という部分。

そうか、能動的に動くと、面倒見がよい大学ベスト100に入る大学にいたんだな。

 

 

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僕は大学が嫌いだった。

大学というのは、専門的な知識を学ぶことができる場所だと思っていた。

というのが表向きの理由で、本当の目的は、大学生という時間に大きく余裕が出来る年数が欲しかったから。

だから、想像以上に、授業の多さと、一般教養講義の多さに嫌気が差した。

文系だったにもかかわらず、理系講義や、数学や統計学なんかの講義が多くてホントに辛かった。

数字苦手なんだよ…。

 

結果的に僕は大学を5年間行った。

途中から大学に行くことの意義を見失って、とにかくバイトに明け暮れる日々だった。

気がついたら、大学4年で卒業できない単位数になってた。

結局、大学1年延長。

年100万かかる私立大学だったので、親には今も頭上がりません。(その代わり、毎月給料の半分を家に入れてます。)

 

それでも僕は、大卒という箔が欲しくてめげずに卒業した。

当たり前だろ、と思われがちだけど、1年延長して何とか大学を卒業した。

最後の方は、当時卒論の面倒を見てくれたゼミの先生にも、色々と迷惑をかけた。

ゼミの教授には、「仕事がしたくないんだろ?」って図星を言われて、大学院に行くか、ゼミの教授の助手になるかと誘われたが断った。

今となっては断った自分がアホらしいケド…笑

 

そして、無事大学卒業という資格を得ることが出来た。

 

高卒だって、大卒だって、結局出来る子は出来る。

会社に入って、高卒の子がバリバリ働いてる姿を見てスゴイと思った。

高卒とか大卒とか社会に出たら、ほとんど関係ないんだな、ってちょっと思った。

でも自分も頑張ろうって思った。

 

そんな矢先、会社から怒られた。

 

hikashamk5.hatenablog.com

 

頑張ろうって思った時にコレだったから、余計に辛かったよね。

 

そんなわけで、試験と面接頑張ってます。

いわゆる、転職活動ですね。

記事で、皆さんから励ましを頂いたのもあり、今月から本格的に転職活動に乗り出しました。

頑張ってみます。

 

じゃ、まったのー。イェッ。