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みゅひゃぁ

古田織部正重然に魅了され、『へうげもの』を目指す流浪者によるうぇぶろぐ。日々の雑記やプロ野球についてを、時折22時30分更新するで候。

シリーズ 徳川の祖を訪ねる 第1回:大給松平家ゆかりの地、大給城を訪ねる

城巡り

どうも、こんばんは。

 

今回から数回に渡り、

 

『シリーズ 徳川の祖を訪ねる』

 

をお届けします。

第1回の今回は、大給松平家ゆかりの城である、大給城址へ。

 

大給城は、松平宗家(将来的に徳川家)の三代目である、松平信光が攻め落としたものを、四代目である、松平親忠に与え、それを親忠次男の松平乗元へ与えたとされる城。

その松平乗元が、大給松平家の祖として幕末まで続く血筋になったとされる。

という事は、大給松平家松平宗家は地が繋がっていると言うわけ。

この時代は血の繋がりはとても大切だしね。

 

大給城は山城なので、ちょっとした山登り状態。

ただ主郭までの道は整備されているので、行きやすいっちゃあ行きやすい。

 

大給城址入り口。

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駐車場も数台あるので、車を停めてあとは歩く、ひたすら歩く。

 

少し歩くと、前述の大給松平家の祖、松平乗元のお墓がある。

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ちなみに大給松平家は江戸時代には、西尾藩・岩村藩・府内藩などの藩主を歴任するなどの要職に就く程。

やはり血がつながっていると言うのはそういうことなんですね。

 

堀切。

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堀切とは…

曲輪を区画したり分断するため、峰や尾根を堀で切った山城特有の防御手段。これを設けることにより尾根筋からの連続性を意図的になくすことができ、敵の侵入を阻むことができる。 - 城址の解説

つまり山城にしかない独特の空堀の一種。

 

虎口。

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虎口とは…

城の出入口のことで、主に戦いのときの出入口である。城の内外、曲輪間を結ぶ場所にある。両脇を土塁や堀で固め、木戸や門が設けられる。 - 城址の解説

 

櫓台。

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櫓台を作ろうと、石を積み重ねた痕跡がまたいいよね。

石を積み重ねているものを見ると、なぜかテンションが上がる僕がいる。

 

 

この上に主郭。

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うーん、この傾斜。見事。

 

 

積み上げられた城塁用の石。

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そしてその城塁の上には、大給城址碑。

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此処までくると、頑張って登ったな、と言う感じ。

 

大給城址から見た巴町方面。

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もっと絶景スペースがあるらしいけど、あくまで主郭から見た景色。

ちなみに大給城にはボルタリングに適した石があるらしい。

Googleの予測検索で『大給城』って打ったら『大給城 ボルタリング』って出てきた。

事実、多分ボルタリングやりに来たんだろう大学生らしき人たちとすれ違った。

聞けばよかった…。

 

主郭から下っていくとあるのが、水の手曲輪。

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此処に水を溜めている、いわゆる小さなダムのような役割をしていたらしい。

すごいよね、人間の知恵の凄さを感じるよね。

 

そんなわけで、大給城への訪問でした。

 

おわりっ。