みゅひゃぁ

100点の『甲』ではなく、『乙』な人生を目指す人間の戯れ事。

歴史人最新刊読んで、織田信長に翻弄された人物ランキングを作ってみたくなった!

人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。

一度生を得て滅せぬ者のあるべきか

(信長公記より敦盛の一説)

 

ひかしゃです。

 

毎月購読している歴史人の12月号が、織田信長天下布武特集だった。

 

 

うーん、やっぱり信長は夢半ばでの謀反という部分も含めてロマンの塊みたいな存在だね、現代人にとっては。

上司にしたい歴史上の人物第1位にも選ばれている、信長だけどさ。

 

いや、ぶっちゃけあんな覇王の下で仕事したいか?

 

って僕は常々思うんですよ。

そりゃもちろん、覇道を歩んで、荒れた戦乱を終わらせる器量はあったけどさ。

でも、それが上司にしたいかといわれると、「やべぇよ…やべぇよ…」ってなる木がしてならないんだけどwww

 

そんなわけで、今回は、織田信長に翻弄された人物をランキング形式で挙げてみたいと思います。

完全に個人的な知識で選んでいるので悪しからず。

 

 

第10位 羽柴秀吉(はしばひでよし)

農民から天下人まで上り詰めた太閤。

信長の草履を懐で温める事から、金ケ崎の退き口では、殿軍を務めるなどとにかく多彩なエピソードを持つ"サル"。

お伺いを立てている姿は、まさに信長のご機嫌取りが上手な人間だったと。

織田軍時代の終盤では、中国征伐の指揮官として、対毛利の全権委任をされていたわけであって、やっぱり有能なんだろうね。

信長が死んだら中国大返しをする点から、黒幕説の一人を担う男。

 

会社に例えると…

中卒だけど、滋賀支店長まで登って、順風満帆かと思ったら、福井支店長の柴田さんと協力して北陸営業回らされて、それ終わったら、次は中国支店へ飛ばされる

って感じ。

 

 

 

センゴク権兵衛(2) (ヤンマガKCスペシャル)

 

 

第9位 お市の方(おいちのかた)

信長の妹。その血が故に、政略結婚を2度もした女性。

そしてその政略結婚相手は、両方とも羽柴秀吉に殺される。

信長に翻弄されるというより、秀吉に翻弄された女性なのかもしれない。

けど浅井家の宿命を鑑みて、信長に翻弄されたポイントが高い。

 

会社に例えると…

社長の親族だったが故に、提携会社の社長や次期社長と結婚する羽目になってて、めっちゃ好きってなったら、次期社長が兄貴にぶっ潰された

って感じ。

 

お市の方 戦国の凰 (講談社文庫)

 

第8位 滝川一益(たきがわかずます)

関東軍総司令官(関東管領)という名前ばかりの役職を拝命した古参の武将。

長年の功績を認めてほしくて、茶器が欲しいとか調子に乗って信長に言っちゃったけど、結局くれなかった残念さもある。

本能寺の変で、間に合わなかったという点でも翻弄されたポイントが高い。

滝川一益忍者説ある。

 

会社に例えると…

会社の創業から尽くしてきて、永年勤続表彰されるかと思ったら、まだ開拓してない田舎の支店の支店長に任命された

って感じ。

 

滝川一益―信長四天王の雄、波乱の生涯 (PHP文庫)

 

 

第7位 織田信忠(おだのぶただ)

信長の嫡男にして、織田家を担う(予定だった)人。

光秀の謀反に驚いちゃって、二条御所で勢いで切腹しちゃった。

お前が生きてれば、織田が衰退することはなかったんやで…。

織田家の家督を相続したのに、政権を担っていたのが信長な辺りもポイント高いよね。

 

会社に例えると…

次期社長が確定してたけど、創業者が強すぎて影が薄くなっちゃってて、創業者がクーデター起こされたら、流れで自分も取り潰された

って感じ。

 

織田信忠―父は信長 (人物文庫)

 

 

第6位 平手政秀(ひらてまさひで)

通称"じい"。若かりし信長の世話役。

信長のあまりの傍若無人に切腹して諫めるというメンヘラプレイングをしでかすおじいいちゃん。

なお、この件をきっかけに信長は大きく成長できた模様。

若かりし頃に翻弄されまくったことでポイントがうなぎ昇り。

 

会社に例えると…

次期社長が調子に乗ってたから、秘書が責任とって死んじゃった

って感じ。

 

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第5位 足利義昭(あしかがよしあき)

兄貴が爆死ニキ主導でカッコいい死に方をしたので、仏門にいたのを強制的に戻され、将軍職へのし上げさせられる。

信長が、すっごい面倒見てくれるから調子に乗ってたら、なんか腹立ってきて信長と喧嘩し始める。

でも結局いろいろあって負けちゃって、中国地方へ逃げる。

もうこれだけで翻弄されてる感高いよね。

最近は無能将軍から徐々に有能感が出ているのも個人的にはいいと思うの。

 

会社に例えると…

提携していた親会社の社長が、子会社に飲み込まれて、気が付いたらクーデター起こされた

って感じ。

 

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第4位 正親町天皇(おおぎまちてんのう)

戦国時代を生き抜いた正親町天皇

時に信長を利用し、時に信長に利用されるという、もう昼ドラも驚きの事やってる。

最近は、本能寺の変宮中陰謀説流れてるけど、その説読めば読むほど面白いから好き。

武士に天皇退位を迫られるとかマジで信長に翻弄されてる感ある。

 

会社に例えると…

会社の顧問だったけど、気が付いたら思うように利用されてた

って感じ。

 

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第3位 林秀貞(はやしひでさだ)

"織田家筆頭家老"なのに、織田家の歴史を話すとなかなか名前が出てこないという超絶マイナーキャラ。

一時期、柴田勝家と一緒に謀反しちゃったけど、多めに見てくれた信長さんカッケー!とか思ってたら、晩年、追放されるとかいう謎始末を食らう羽目に。

しかも理由が"一時期謀反してたよね?お前"とかいうクソみたいないちゃもん。

筆頭家老が昔のいちゃもんですべてを水泡に帰すというね。

信長に優遇される家臣の一方で、信長に冷遇される家臣の象徴みたいなもんね。

っていうかホントに歴史に名前が出てこないのが不思議なレベル。

 

会社に例えると…

創業から仕事してたけど、一時期転職活動してて、でも結局今の会社が良くね?って思ったから長年勤めてきたけど、20年ぐらいしてからお前あの時転職活動したよね?って社長に一括されて、強引に退職させられた

って感じ。

 

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第2位 明智光秀(あけちみつひで)

信長という男を語るうえで、必ず出てくる男。

敵は本能寺にあり、とかいう名言を残してすべての責任を負ってしまった年上の部下。

ホントに言ったかどうかは知らないけど。

積もり積もったんだろうね…しゃーない。

明智光秀傀儡説も出てるけど、過去の実績を鑑みても、優秀だったんだろうね。

 

会社に例えると…

自分よりも年下の社長がブイブイ言わせてるから、ちょっとご意見番っぽく語ってみたらなんかすごい怒られたし、長年働いてる人がどんどん辞めさせられたからクーデター起こしたら悪役みたいにさせられた

って感じ。

 

「本能寺の変」は変だ!  明智光秀の子孫による歴史捜査授業

 

 

第1位 佐久間信盛(さくまのぶもり)

割と頑張っていたのに、林秀貞と同様に、信長政権末期に急きょ追放された人。

なんで光秀より上かというと、光秀が本能寺の変を引き起こした原因の一つだといわれているから。

そんな人でもさらっと追放されると考えると、やっぱり信長って怖い…。

 

会社に例えると…

社長の親族じゃないけど、とにかく尽くしまくって、副社長格ぐらいまで上り詰めたと思ったら、19もの項目の弾劾状突きつけられて、いきなりクビにされた

って感じ。

 

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信長がロマンなのは、覇道に伴う犠牲が成り立つから

信長を上司にしたいと思った人、翻弄された10人を見てどう思った?

僕はちなみに絶対に嫌です。

上司にするなら脱糞ニキ(徳川家康)のほうがいいです。

でもこういった犠牲を乗り越えて、覇道を歩んでいたからこそロマンがあるのかなと思う。

 

もし会えるなら、織田信長に遭いたいもんです。

もし本当に行ったら、その場で切り殺されそうだから、こういった歴史の知識を蓄えておくのは大切なんだぜ!

 

恐惶謹言

好きな武将は誰?の問いに「石田三成」って答えるのが結構言いやすい環境になって嬉しい

ウイイイイイイイイイイイイ↑ッス!どうも、ひかしゃで~す!

 

趣味に城巡り、っていうと「え~好きな戦国武将は誰なの~?」って聞かれることが多いんですよ。

じゃあ、そんな時に、古田織部が好き!」って言っても「は?誰?」ってなることまでがまるでテンプレート化してるわけで。

 

なので、ホントに歴史に疎い人が、聞いてきた場合は「あ~、徳川家康が好きだよ。」とか流してる。

でもね、僕徳川家康よりも石田三成が好きなんですよ。

 

三河出身で同郷の英雄的な存在だけどさ、あの狸爺。

ぶっちゃけ棚ぼた的なノリで天下人の順番回ってきただけやん?

挙句の果てに、豊臣つぶしちゃうし?

 

いやさ、地元だから家康ゆかりの地は結構廻ったよ?笑

 

hikashamk5.hatenablog.com

 

 

けど僕は三成が好きです。

 

事あるごとに、悪人

三成といえば、関ヶ原の戦いで負けた、豊臣の家臣という印象。

多くの映画やドラマでは、悪人のように書かれていた三成。

でも最近では、豊臣に忠義を尽くし、豊臣の為に生きた男として描かれている事が多くて嬉しい。

 

サンキュー真田丸、サンキュー山本耕史

三成に対しての印象が最近大きく変わっている。

それもこれも、真田丸石田三成のおかげだろう。

 

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(∩´∀`)∩<よっ、イケメン!

 

やる事なすこと裏目に出てしまうけど、実直に豊臣に尽くす姿。

そしてルックス良すぎ問題。

 

へうげものの三成なんてなかったんや!←

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まさに"事務方"

治部少輔(じぶのしょう)というのは、当時の姓氏を正し、五位以上の継嗣・婚姻・祥瑞・喪葬・外交などをつかさどった(武将の官職名)らしく、まさに事務方の象徴。

事務としては本当に優秀だったんだと思う。

事務屋が前にしゃしゃり出てきちゃダメなんだよ…。

思ったことが顔に出てしまうタイプなんて、俺もそうだからちょっと共感。

 

あの石田三成CMは笑った!

滋賀とか琵琶湖しかないかと思ったけど、割と頑張ってた(笑)


石田三成CM<第二弾・総集編>

 

まとめ~それぞれのエピソード~

どの人だって、その人の人生がある。

三成は結果的に敗北し、君側の奸と揶揄されてしまった。

だけど、彼なりの義を貫いた事は間違いない。

 

多分冥府で思ってるだろう。

小早川秀秋裏切り絶対に許すまじ。

 

じゃ、まったのー。イェッ。

 

2016/09/04追記

ちょうどタイミングよく、ほかのブログでも三成を紹介してたので、アップ!

 

www.nubatamanon.com

 

お、俺よりまじめに、すっげーちゃんと書いてる…!

これが人気ブロガーと一般ブロガーの違いなんですね…(´・ω・`)

戦国時代ファンのボクだけども、行ってみたいのは江戸時代前期頃

どうも、こんばんは。

 

今週は地元豊橋が「豊橋まつり」ということで、市民の3割ぐらいが浮かれてる中、僕はとある事情でお仕事してます。

まぁ仕事とは言っても、とある場所でずーっと座りながら、ボーっとしてたり、ネットサーフィンしてるだけなんだけどね。

これで収入が得られるなら、結構楽なモンですよ。

 

さて、今回は今週のお題を書いてみようかと。 今週のお題「行ってみたい時代」

今週のお題をテーマに書くの、7月のディズニー失神事件の時以来だった。

 

hikashamk5.hatenablog.com

 

ボクのブログで何度も記事にしてるけど、結構城巡りをするのが趣味なのね。

まぁ城巡りを趣味とか言ってる20代なんで、オッサンくさいと言われる日々。

 

現存しているものと言えば、彦根城がやっぱり圧倒的だったね。

 

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現存していないものも含めて、妄想度を高めるとしたら安土城址が最強。

 

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ただ、いざ自分が行くとなると別の話!

 

どう考えたって、安土城が出来た時代なんて、戦国時代真っ只中な訳だし。

 

「行ってみても、殿様になれるわけねぇ!」

 

ってのが真意ですし。

多分前線に立たされるだろうし、確実に死ぬ。ヤヴァイ。

 

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そう考えると、一通りの戦乱が終わった後の、江戸時代が一番住みやすそう。

平安時代とかは確実に階級絶対主義で死ぬ気がするし。

 

別に平穏に過ごすなら江戸時代でそれなりに生きていけそうな気がする。

 

ただ興味本位で見たいなら1603年の関ヶ原の戦いを西軍側から見てみたい!

 

出来ることなら石田三成に「小早川裏切るよwww」って言ってあげたい。

ただ言っても何もせずに終わりそうだけど。

 

最初は江戸時代中期に行きたいなぁ、とか思ったけど、江戸時代中期を調べたら3年~5年に1回のスパンで飢饉とか台風とか不作とかあった。

そんな中で生きてたらいつ死ぬか分からん。

そう思うと、まぁ前期のまだ開拓してないor戦で荒れた土地を開墾する方がいいかなぁ、と思ってみたり。

 

結論

やっぱり今の時代が一番いい。

 

おわりっ。

 

利休を超えた織部展in熱田神宮宝物館に行ってきた

どうも、こんばんは。

 

10月になりましたね。

朝晩は寒いくせに、昼になると暑い。

なんつーか、過ごしやすいような過ごしにくいような季節ですね。

 

俺(10月なんか行きたい所があったんだけどなぁ・・・。)

 

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どこに行きたかったのかを思い出せずまま、10月になってしまった。

思い出したら行こう、とか思ってたんですわ。

 

kamkamkamyu.hatenablog.com

 

これだった!!!

 

織部没後400年記念の展示会が巡回してて、10月は熱田神宮宝物館で展示されることになっていたのを、ブログを見て思い出したwww

(行きたいとか思ってるくせに、割と大事じゃないのか忘れてた…)

 

そんなわけで、行ってきましたよ、熱田神宮

 

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あれ?俺、この前熱田神宮来たよな…?(ブログ見たら、5月に熱田神宮に来てた)

俺、熱田神宮大好きマンかな?

 

hikashamk5.hatenablog.com

 

って言うか中国人多すぎだろJK

 

なんか中国は今大型連休(国慶節)らしい。

それでか。

 

そう思うと、前回来た時は友達が厄払いしに来てたんだよな。

俺、今思ったけど早生まれだから、来年厄年だった。御祓いどこでやってもらおう。

 

でも、今回の目的はあくまで、織部展!

 

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展示に関しては写真撮影禁止なので、まぁその辺はご愛嬌。

でもめちゃくちゃたくさん展示してあった。

 

へうげもの』の織部と同じような顔をしながら展示を見て回ってた。

 

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こんな顔をしながら(もちろん無言で)回ってた。

周りの人みんなご老人ばっかりだった中で、23歳浮いてたかもしれない。

けど気にしない。

 

そんな中、

 

おっさんA「こんな茶碗ワシでも作れるわ!」

おっさんB「この掛け軸、読めんな!」

 

お前等のせいで雰囲気ぶち壊しだよ!

 

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思ってても言うなよ。

しかも宝物館の展示室、美術館レベルの静寂な環境だぞ?

お前等の度胸がすげーよ。

 

そんなことがありながらも、約1時間半ほどグルグルと回って展示を鑑賞。

いやぁ、やっぱり器のゆがみが乙ですよ。

 

時折『へうげもの』の元ネタになるようなモノがあった。

あと、近衛信尹の手紙とかあって、テンションあがった。カリたべなきゃ。

 

楽しかった、というより一人でテンション上がってた。

ちなみに僕は前売り券を買ってから行ったので、500円のところ450円で行きました。

 

でもね、そこで売ってた本を買っちゃった☆

 

戦国武将と茶の湯

戦国武将と茶の湯

 

 

この本と、あと織部袱紗。

…2つ買っただけで5000円したとか大きな声じゃ言えない。

 

とっても有意義な時間を過ごしましたとさ。

皆さんも余裕があれば是非行ってみては?

 

へうげもの(1)

へうげもの(1)

 

 

おわりっ。

浅井とか言う歴史ifの塊だけども、現実は非情だった。~日本100名城巡りin滋賀編~

どうも、こんばんは。

 

今日から数回にわたり、日本100名城巡りin滋賀編をお届けしますよ!

 

滋賀県のみんな!お待たせ!(待ってない)

 

毎日閲覧してくれる方が多い(と信じている)ので、お気づきの方がいるかもしれませんが、ブログの背景画像とタイトル背景画像を変えました!

それに関してはまたこの写真を撮った時に詳しく話すね!

 

 5月25日の記事で書いた記事のコメント欄にね。

 

hikashamk5.hatenablog.com

 

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滋賀県1300もお城あるの!?

 

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さすがに、1300とか回るのは不可能なんでね。

しかも愛知県民にとっては、岐阜県経由しての「大旅行」に匹敵する県ですからね。

そんな中でも、滋賀県日本100名城に4城が制定されているので、その城を制覇することに。

 

まずは、浅井三代の所領、小谷城へ!いざ、参る!

 

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東名高速道路名神高速道路&北陸道を使って、およそ2時間半。

到着しました!小谷城

 

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一緒に行った友達とテンションが上がる。

コレは期待できますね!

 

まずは小谷城戦国歴史資料館へ。

 

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中は、撮影禁止と言うことで、資料館に関する写真はこの写真のみ。

こういったものは城巡りにはよくあることなので、妥当。

むしろ外観を撮らなかった俺氏、無能の極まり。

 

資料館内は、浅井三代に関する資料等を展示。

それを見ながら友達と、

 

「人生の岐路を間違えた人間の象徴」

 

であると言い合いながら、展示資料を見てた。

結果論から言えば、この一行になっちゃうわけですし。

 

ちなみに知らない人の為に、織田浅井の流れを説明すると

 

ノッブ「朝倉、将軍(と言うかワイ)に頭下げに来いよ あくしろよ。」

朝倉「ン拒否するゥ」

ノッブ「幻滅しました朝倉滅ぼします。」

浅井「クッソ仲いい朝倉と義理の兄の織田が戦うンゴ。ワイの味方はどっちか分からんンゴ…。」

織田「金ヶ崎まで到着したやで 浅井あくしろよ」

朝倉「多分ワイと組めば勝てると思うんですけど(名推理)」

浅井「一理ある 義兄、すまんな」

織田「ファッ!? ここは逃げーで。」

~数ヵ月後~

織田「絶対に許さない 朝倉浅井を絶対に殺すマンになるンゴ」

浅井「やめてくれよ…」

織田「小谷城包囲したやで 裏切り者はヤキーで」

浅井「ほな、また…」

織田「やったぜ」浅井の骨で飲み物グビー

 

すっごい省略するとこんな感じ。

ここで歴史好きのifの話を始めると、浅井が朝倉とではなくて織田と組んだらどうなったのか、と言う野は盛り上がる。

とは言っても、浅井が朝倉を裏切ることも無かっただろうし、歴史にifはないって言うけど、そういうのを考えるのも楽しいんですよコレが。

 

でもって、小谷城城址まで行こうと思ったけど、

「めちゃくちゃ遠いよ?」と受付の人に言われて、普通に断念。

まぁ今回のたびの目的の判子押しはできたので満足しましたwwwホントは良くないんだろうけどもwww

 

その後、小谷寺へ。

 

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小谷城落城時に一緒に消失したものを、秀吉の許しを受け再建したとされるお寺。

無人でビビった!

 

そして、そのすぐそばにあったのがドでかい兜。

 

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隣に立ってる碑には、大河ドラマの江の放映記念で作られたものと書かれてた。

トヨエツの信長の時ね。

 

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やっぱりifを考えてしまうぐらいのロマンがある浅井家。

逆に言えば、これを乗り越えたことで更に天下布武を促進させた織田家。

 

様々な思惑が重なった場所に立ってみて、色々と考えることがありましたね。

 

つづくっ。

カメラの感触を確認する為に近場のお城巡りをしてみた

どうも、こんばんは。

 

先日、休日を利用して田原城址に行ってきた。

購入したカメラを初起動させてね!

 

昔まで田原市遠いな、とか思ってたけど、最近そんなに遠くないことに気づいた。

田原に行く理由は、基本的に図書館なんだけども、初めてこっち側に来た。

 

博物館入り口。(博物館には入りませんでした)

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復元された桜門。

 

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緑繁る葉の間に見える桜門。

 

二ノ丸櫓址も復元されていた。

現在は田原氏博物館の一部になっております。

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この中の展示館は無料だったので見に行くことに。

ちなみに博物館は有料だから入ってません。

 

こんな甲冑が飾ってあったり。

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田原城の復元ジオラマも。

桜門訪問からから撮った写真。

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本丸(巴江神社)を中心に撮った写真。

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こうやって見るとよくできてるなぁ、と。

ちなみに巴江神社とはなんぞや、ってのはまた後述。

 

空堀は未だに残っている。

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吉田城もなかなかの空堀があるけれども、田原城もなかなかの名残があった。

 

次に、本丸跡に建てられた巴江神社へ。

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田原城は「海に面した小さな丘に築かれており、海や水堀に囲まれた城郭の形状から別名を巴江城という。」(wikipediaより)ということから巴江神社とされている。

 

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参拝を済ませ、御朱印をもらおうと思ったんだよ。

社務所に誰もいねぇ…orz

と言うことで御朱印はもらえませんでした、残念。

 

石垣も当時のままのものと、復元されたものがある(らしい)。

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名残があるところもあるけど、復元が多い感じですね。

面白かったけども。

 

今回に関しては、新しく買ったカメラを確認する意味合いをこめていったのでね。

以前のiPhoneで撮ったものよりもだいぶいいな!と自己満足。

 

次回は…100名城に行きたいかな!

 

おわりっ。

超弾丸で岩村城まで行ってきたよ!

どうも、こんばんは。

 

先日、土曜日にも関わらず、朝7時に目が覚めるというプレイングをしたので、車で岩村城まで行ってきた。

 

まず、7時に目が覚めた理由なんだけども、唐突に隣人が我が家を呼ぶ。

流石に7時に隣人が呼びに来たら何かあったのか、と家族全員起きる始末。

で、何事かと思ったら

 

「見て!こんな季節に、アゲハチョウの幼虫(あの緑色の)がいるよ!」

 

我が家全員の反応…

 

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そんなわけで、朝7時に起きたのでもう出かけることに。

高速道路ぶっ飛ばして、滋賀県の名城巡りをしようか、岩村城だけ行ってさっさと帰るか悩んだ末、滋賀県巡りは来月に回した。

 

車で家から2時間強で到着。

ほとんど一本道だったけど、山道だったので緊張感と隣り合わせでした、えぇ。

 

岩村城は高取城と備中松山城と並んで、日本三大山城とされており、本丸は海抜717メートルと言うハンパ無い高さを誇る。

確かに完全なる山の中に城があったなぁ。

 

どうやら正式ルートは資料館に車を停めて歩いて本丸まで行くとのことだったのが、なんか出丸址が駐車場になっているそうで、そちらに停めた。

すぐそこに本丸だったから歩かずに済んだよ!やったね!(不健康)

 

当時のまま石垣が残っており、しかも(いい意味で)そんなに手入れされてない。

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こんな石垣の隣を歩いていき、本丸址へ。

 

そんなに急勾配ではないけども、石垣は野面積み。

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このなだらかになる曲線がお見事と言わざるを得ない。

 

本丸址には、このように岩村城跡である証明看板に

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岩村上歴代将士慰霊碑が立ってたり

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している。

本能寺の変織田信長と共に亡くなったとされる森蘭丸(成利)も城主だったとされる説がある。

ただ在城はせずに、城代をつけて基本は信長と共に行動をしていたらしい。

ゲームの性で謎の美少年や女説あるけど、事実は男ですからね。

兄の森長可は"鬼武蔵"とか言うクッソカッコいい異名すらある奴だし。

 

そんな岩村城で、関ヶ原の戦い後に藩主となった松平家乗は、関ヶ原の戦い時に三河吉田藩を守護したとされ、その武功により岩村藩に加増してる。

つまり、三河と岩村は実はつながりがあったのだった。(初めて知ったけど)

 

そんな本丸址に別の立て看板が。

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織田信長宿泊地 本能寺の変八十日前に信長が泊まる」

 

まった微妙なときをプッシュしてくるなぁwwwwwwとか思ったら他に見に来てた人も同様の事を言ってた。

そんな事いったらあちこちで信長が泊まる場所がピックアップされそうwww

 

その本丸址から徐々に降りて、本丸方面を写すとこんな感じ。

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岩村城はその山城と石垣から「東洋のマチュピチュ」と言われているらしい。

マチュピチュ行ったことないから分からんけど、この石垣を見るとそそられるのは僕だけでしょうか?

 

こんな感じで石垣が残ってる。

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いいよね、浪漫あるよね。

 

上の写真を正面から見ると

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このように6段になっていることで有名らしい。

六段そのまま残ってるんだからすごい。

 

そのまま徐々に降りていくと

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米表記初めて見たwwwすげーwww

メートルの漢字表記は米らしく、本丸まで100メートルとの事らしい。

ちなみに面積の平方メートルは平米で記され、体積の立方メートルは立米で表されるらしい。

そういえば仕事で立米は使うわ、と今書きながら思った。

 

さてさて、そこから車で麓まで降りて、資料館へ移動。

写真は資料館じゃありません。写真を撮り忘れた。

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藩主邸跡地に資料館を建てたらしい。

岩村藩は麓に藩主邸があると言う。

確かに藩主が毎回あの高い山の頂上まで行くの面倒だしなぁ、と納得。

 

資料館の中に入ったら、なんかツアー客でいっぱい過ぎてあんまり細かく見れず。

あんな山の中なのに、クジラの化石とか見つかったらしい。

戦国時代以外の歴史はめっぽう疎いのでよく分からんのだが、何故山の中で化石が見つかるんだ?それはそれで浪漫ある。

 

こんな感じで岩村城を堪能し、100名城の1つをクリアしたのでした。

まだまだ100名城まで遠いけど、頑張ろう。

 

おわりっ。

名古屋城と名古屋の神社巡りをしてきた

どうも、こんばんは。

 

先日、野球を見に行くために名古屋に行ったわけだけども、その前に名古屋城と名古屋の神社巡りをしてきた。

名古屋城日本100名城のスタンプを押すのが目的。

神社巡りに関しては、御朱印をいただくのが目的。

 

 まずは名古屋城へ。

…あ、コレは入場料払わないとスタンプが押せない奴だ。

と言うわけで、入場料金500円を払い中へ。

そのまま東改札口でスタンプを押す、これで6城スタンプ押せた!残り94城!

前回は正面入り口から入ったので、東側に行かなかった。

と言うことで今回は初の場所です。

 

まずは那古野城跡。

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名古屋城二ノ丸の辺りに那古野城があったのか。

今の名古屋城(復元だけど)は徳川家康以降の事だからね。

 

加藤清正像があった。

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ちょっちゅね、じゃなかった。

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石の上で音頭を取っていたのかなwwwwww面白いwww

 

本丸。

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ちなみに今回は本丸の中に入っていません。

だって、この前入ったばっかりだしwww

 

織部堂再び。

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へうげものの最新話(だっけ?)では名古屋城入りを出迎える織部の描写があったし、こんな織部堂で家康を招いたのかなぁ、って思ったり。

そういうところが色々と妄想をさせてくれるから好き。

 

さてさて、今回はですね、コレがメインじゃないんですよ。

名古屋城を出てまぁまぁ歩くと見えてくるのが、愛知県護国神社

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ここで御朱印をいただく事がまず目的。

そしたら結婚式(結納?)やってて、神社全体が慌しいのなんの…。

そんな中、近くの巫女さんを捕まえて「御朱印いただいてよろしいですか?」とかずうずうしく言ってしまった。

でも心優しく忙しい中でも御朱印をいただく事ができた。

 

 そのまま、もう少し歩いて行った所にあるのが那古野神社。

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wikipediaによると911年ごろに建てられたとされる神社なんだけども、信長のパッパである織田信秀が再建した事により、織田家ゆかりの神社とされる。

門には織田の家紋がついているぐらいですし。

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こういうところがなんかゆかりがある感じがいいよね。

こんな感じです、神社全体は。

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桜の木がたくさんあったので、多分春はとてつもなく綺麗なんだと思う。

Google先生で調べても「那古野神社 桜」みたいな予測変換あったし。

 

そのまま隣接されている名古屋東照宮へ。

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神社の隣に東照宮だもんね。

やっぱり家康ってすげーわ。

ここでも御朱印をいただいて、今日だけで4つ。

 

あ、御朱印を写真撮るの忘れてたwwwwww

また撮ったら載せるね!笑

 

おわりっ。

大御所公のあの場所、再び

どうも、こんばんは。

 

先日、日本100名城の1つである、駿府城と家康が眠る久能山東照宮に行って来た。

ちなみに言うと、2月に全く同じ場所に行っている自分。

 

hikashamk5.hatenablog.com

 

3ヶ月後に再び行くとか俺ホンマに心酔してるとか思われるやん。

でもね、でもね。

 

知れば知るほど徳川家康の畜生ぶりが垣間見える。

 

一応ね、徳川家康顕彰400年だからね。

他の人も実際に彼の一生を調べていけば分かることがあるよ、ホントに。

調べてみてね!

 

まずは駿府城へ。

前回行った時、この東御門へ。

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何で前回行ったときはココに行かなかったんだろう…。

駿府城に行ったなら行けよ、って話ですよ。

 

正面写真。

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こういう状態だった東御門から出て行ったのだろうか。

 

さて、入館料を払い、中に入る。

少し入ると見えてくるのが、なんか黒子の人。

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再現は分かる、すっごい分かる。

ただ身長が地味に小さいよ!?

 

建造時の天守はこんな感じだったらしい。

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あまりに華美だった故に、周囲の魚も干上がったりしたとの逸話も。

そんな馬鹿なwwwwww

 

さてさて、そんな中、発掘されたものを展示してあるケースにとあるものが。

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織部焼やんけ!(恍惚)

コレかなり保存状態良くない!?メッチャ驚いたんだけど。

再現だとしてもあまりに綺麗なので、現在のiPhoneのホーム画面にしてる。

コレがあると言うことは、少なくとも駿府城周辺で織部焼きが使用されていたわけなんだよね。

うーん、とっても魅力的ですね。

他にも色々と展示されているものがあったわけだけども、織部焼に心奪われてしまったよ、マジで。

 

次に駿府城公園中央部にある家康像へ。

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駿府城に建っている大御所公の像と言うことで、大御所公は老人。

浜松城岡崎城は若いときの像になっているのです。

その辺のちょこっとした変化が面白い。

ちなみにこちらは現在のiPhoneのロック画面に設定中。

 

その駿府城公園を後にして、徒歩でいける距離にあった静岡浅間神社へ。

歩くと割と遠いって言うね。

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かなり華美な神社が唐突に建ってた。ビビった。

敷地面積もかなり広かったので、本堂の参拝だけ済ませて御朱印を戴く。

 

さて、この後は、家康公が眠る久能山東照宮へ。

こちらも前回久能山東照宮に行ったので、軽く紹介で。

前回は下から階段を登って行ったのだが、今回はロープウェイを利用して登る、と言うか下る。

日本平からロープウェイを利用。

ちなみに日本平の山頂からの景色はこんな感じ。

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ちょっと雲が多かったけど、絶景でしたね。

 

なんかね、結婚式やってた。

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コレで何か恩恵を受けれますように(下心全開)

国宝のところで結婚式ができるのは嬉しいけど、畜生徳川家康公の下でやるのはどうなんだろう…笑

でもうらやましい。

 

そんなところを後にして、家康公の眠る霊廟へ。

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家康公、島津の住んでいた九州に足を向けて眠っているのでしょうか。

あなたが関ヶ原で潰しがきかなかったから、数百年後に子孫がやられちゃうんやで。(ゲス顔)

 

今回のメインの目的は、久能山東照宮に隣接する久能山東照宮博物館。

前回入らなかったので、今回はコレを目的に行ったんですよ。

 

撮影禁止だったけどな!

 

宝物が並んでるからね、仕方ないね。

洋時計やら目器がね、あった。

ホンマに良かった、行って正解だった。

 

この後急いで小山城に向かうんだけど、到着したのが16時02分。

開城時間が16時まで。

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2分間に合わなかった…(絶望)

 

中には入らせてもらえず、悲C。

しゃーないけども、スタンプは押せたので満足しました、えぇ。

 

そんな感じです。

コレで静岡は残り箱根の山中城のみ。

あそこに関しては辺境の地なので、気が向いたら小田原城と一緒に行きます。

 

おわりっ。

上ノ郷城と伊奈城に行って、1日4城回ったことになるよね

どうも、こんばんは。

 

先日の安祥城・西尾城に続いて蒲郡の上ノ郷城跡と、豊川の伊奈城址に行って来た。

 

hikashamk5.hatenablog.com

  

西尾から23号バイパス(岡崎バイパス)を使って行けば、そんなに遠くなく。

ただ23号を降りた瞬間に「どこ?」ってなる罠。

 

上ノ郷城の入り口(?)にある、赤日子神社。

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どうやら日曜日と1日15日しか扉を開けないらしい。

行ったのが土曜日なので残念。

 

神社横には立て看板。

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かなり細かく書いてあるけど、地図が地味に読みづらいと言う。

地図を読むのが下手なだけ…?

 

何とか到着した上ノ郷城跡。

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なんだかんだきちんと看板で遠くから見ても分かるようになってたwww

コレなら分かりやすい!とか思ったけど、ちょっと歩くと手前のビニールハウス等々で見えなくなると言う。

 

登っていくと、土塁があった。

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土塁の上には記念碑が立っていた。

残念ながら読めなかったけど。

 

さっきの看板が立っていた場所はこんな感じで平地になっている。

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中央部を見てもらうと分かるのだが、少し盛り上がっている。

ココには石が敷き詰められており、一段高い状態になっている。

 

こんな感じで。

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多分当時からこのような状態になっていた方が良いのではないかと。

かなりきちんと敷き詰められていて、きっちりしている。

 

この上に上がる途中にも石が詰んである。

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なんと言っても状態が非常に良い。

「コレはこのままこういう状態になっていたのだ」と言うのが非常によく分かる。

 

さて、ココまでが上ノ郷城。

次は場所を豊川に移して、伊奈城址へ。

 

伊奈城址公園。

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伊奈城は徳川家の家紋の三つ葉葵の由来になったとされるエピソードがあるらしい。

まったくまったく話題にならないけど…。

 

伊奈城址も広場になってる。

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こちらは『公園』と言ってるぐらいだしね。

ただカラスが多い…笑

 

模擬櫓。

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なお蜘蛛の巣があちこちにある模様。

なんか中に入れるっぽいけど、コレって入れるときあるのか?

 

そして石積み。

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ココだけ異様に石で詰んであった。

この辺だけ残してあるのかな…。

 

こんな感じで、安祥城や西尾城に比べて見通りはするけども、とても浪漫溢れる城址でしたね。

今回は写真多めで文章控えめ。

まぁいいか。

 

来週は静岡駿府再びを計画中。

 

おわりっ。

西尾と言えばお抹茶で有名だが西尾城跡もなかなかに捨てがたい

どうも、こんばんは。

 

前回の安祥城に続き、西尾市にある西尾城へ行って来たお話。

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※写っているのは本丸丑寅櫓です。

 

先日、テレビ番組で照英が西尾市を旅してたのを見て、西尾を調べたら西尾に城があることが判明。

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たっかい抹茶飲んで感動してた。

西尾の抹茶はね、京都にまで出荷するぐらいだしね。

 

まず出迎えてくれるのが鍮石門(ちゅうじゃくもん)。

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何がすごいって、豊橋の吉田城と違ってちゃんと門から復元しようと言う気持ちが出ていること。

吉田城みたいに「櫓建てといてほっとけばええやろ」みたいな考えではない時点で市の遺構への扱い方が違うね。

 

石塁などの遺構。

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いいよね、浪漫を感じるよね。

 

左手には旧近衛邸のある椿聴苑。

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きちんと整備されてるし、旧近衛邸ではお抹茶をいただけるらしい。

ただ、謎の喉の痛みと庭先でお抹茶を飲んでいたカップルを見て、お抹茶を飲むのは遠慮させていただきました。

西尾にいったんだからお茶買ってこれば良かった…。

 

丁寧に整備された堀。

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緑も豊かで非常に気持ちの良いところだった。

天気は曇り空だったけど。

 

西尾城本丸丑寅櫓に入る隣にあるのが御剣八幡宮。

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延宝6年(1678年)に建てられたとされるらしい。

ちなみにそのときは江戸幕府は5代将軍徳川綱吉公だったとされる。

『御剣』と聞くと逆転裁判の彼を思い出してしまう自分がいる…笑

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そんな御剣八幡宮の隣の小さな石階段を登ると、本丸丑寅櫓につながる通路が。

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どうやら本丸丑寅櫓の中に入れるらしく、テンション高まる。

吉田城もそろそろ入れるようにしてみてはどうかね?

 

櫓から見た二の丸広場天守台方向。

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曇り空なのが難点だが、小さな窓からこのような景色が広がる。

 

ちなみに内部はこんな感じ。

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入り組んだ木材がまたいいね。復元とはいえ作った人たちの努力が垣間見える。

 

そして最近できた二の丸広場天守台。

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さっきの本丸丑寅櫓も元はこの二の丸天守台に設置されていたらしい。

二の丸なのに本丸と言うのがちょっと特殊らしくて、西尾城はその辺で専門家では有名らしい。

そういう研究の成果を是非とも教えていただきたいよね。

…そういう研究者になればよかったな(後悔)

 

アップで見るとこんな感じで復元されている。

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一つだけ色が違う部分があるのは、その石だけ発掘された石を再利用しているから。

他の石は新たに集めてきて積んだのだが、色が違う部分だけは当時の石を利用しているらしい。

こういうちょこっとだけ違うって言うのは非常に乙ですね。

 

天守台から見た眺め。

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※下の写真は記事冒頭でも貼り付けた写真と一緒です。

 

城跡を公園化するのは豊橋と似てるし、櫓があるのも豊橋に似てるし、お抹茶が飲めるのも豊橋に似てる。

そう思うと西尾市は結構豊橋と似てる部分が多いなぁ、と。

 

この公園に一つだけ不思議なものがあった。

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西尾市のうたが5つもあるらしい(ボタンは6つあるが)

残念ながら聞けなかったwww

 

西尾でLaLaとかめっちゃ聞きてぇwww

 

実はこの後、蒲郡市へ向かって、蒲郡のお城へも行ってるんです。

 

つづくっ。

本多忠勝が好きなら、パッパとジッジが戦死した『安祥城址』に行くべきだぞ!

どうも、こんばんは。

 

今回、日本100名城でも日本どまんなかお城スタンプラリーにも当てはまらない西三河のお城を巡ってきた。

まずは『安祥城(あんしょうじょう)』へ。

 

 

安祥城は安城にあるお城で、織田軍と今川軍が何度も戦ったことで知られるお城。

地理的に考えれば岡崎城那古屋城や古渡城の間にあると考えれば、ココが何度も戦場になるのも妥当なのか。

ちなみに清洲同盟で信長と家康が同盟を結んだことにより、三河尾張の間に戦線になる事がなくなったので廃城されたとのこと。

その後、小牧長久手の戦いでもう一回戦になるんやで。

 

現在安祥城は本丸などは無く、遺構がちょこちょこ残っている程度。

安祥城址には現在大乗寺が建っている。

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後述するが、大乗寺があったところに本丸があったらしい。

 

少し奥に行くと、安祥城址の石碑が建ってる。

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いきなりドーンって立ってるけど、全体図的にはこんな感じ。

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花が咲いてて結構綺麗だった。

良いアングルで撮れてると思うんだ、この写真(自画自賛)

 

さらっと碑が建っているけど、歴史を調べると結構面白い。

戦国最強と言われた本多忠勝の祖父、本多忠豊がこの地で戦死している。

そして忠勝の父、忠高もこの地で戦死している。

 

忠勝好きなら絶対来るべきじゃないか!?

 

大乗寺の山門には『安祥山』と書かれたものが。

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平山城なので、安祥山なのか。

こういうちょっとしたところですら気になるよね。

 

こちらが本堂。

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ココに本丸が建っていたらしい。

ちなみに本丸はあったが天守は無いそうで。

天守を作っても何度も戦があってボロボロになりそうだしね。

 

大乗寺下には、土塁が残っている。

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ちょっとした高さの土塁なのだが、あると無いでは大きく違うし、唐突に凹凸が出てくると思うと当時の努力を垣間見える。

この土塁の隣は舗装されたコンクリート道路だけど、当時は絶対舗装なんてされてないだろうし、絶対歩けないと思う。

 

こちらが二の丸跡に建てられている東尾八幡社。

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由緒を見たらどうやら安祥城があった時から建っていたらしい。

そう思うとすごいよね、歴史あるよね。

 

なんだかんだ、本多氏にゆかりの地であることが判明してしまったわけで。

こんな感じで写真をめっちゃ撮ってたら、史跡探索ツアーの人たちがいた。

なんか周囲は20人ぐらいいるのに、俺だけ一人…。

 

って言うかツアーなんか組まれてるんだな!

 

 この後、安城から西尾へ向かいます。

 

つづくっ!

長篠のぼりまつりに行って来た

どうも、こんばんは。

 

日本100名城を制覇する故で一番近い長篠城に行っておこうと思い、友達を誘って長篠までドライブ。

行って来たのが5月5日、そう長篠は長篠のぼりまつりを開催している日だった。

 

長篠城は既に3月に史跡巡り済みだったけど、まつりという事でもう一度ね。 

hikashamk5.hatenablog.com

 

近隣の工場が専用駐車場になってて、そこから無料のバスが出ていたので比較的にスムーズに会場にはいけた。

ただ、その道中の新しく出来た道の駅もっくる新城が異常に混んでてそこで少しだけ渋滞にハマった感じかと。

 

長篠城に着くと人人アンド人。

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そして写真を見て分かるとおり、ちょこちょこ鎧着てる人がウロウロしてる。

到着すると、会場では居合い切りのなんかやってた。

 

居合い切りを疲労する人。

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白い髭を生やしたクッソ渋いおっちゃん。

かっこいい。

 

こちらが師範代。

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フォロースルーがカッコいい。

 

コレは侍。

 

そして対人戦用のお披露目。

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ちなみにあくまで「演舞」なのでかなりゆっくりやってます。

 

そしてそして、今回の目的である火縄銃。

まずは、ゲストとして呼ばれてきたらしい米沢藩の方達。

…長篠と何の関係があるんだろうとかいうツッコミは無しでいいですよね。

 

ここからは写真でご覧ください。

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見て分かるとおり、かなりの煙が出ているわけで。

それと同時に出てくるのがかなりの轟音。

見に来ていた小さい子達は泣き喚くわ泣き喚くわ。

大松「轟音がするから子供達に注意しろって何度もアナウンスがあったぞ」

サンキューマッツ。

 

続いては地元長篠設楽原の方の火縄銃。

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米沢藩の人は単発がでかい分ゆっくりやるイメージ。

逆に長篠設楽原は軽量化して威力は劣るけど、速さは確実に早い。

どちらにもメリットデメリットがあるような感じがした。

そう思うと三段撃ちをしたとされる織田信長はやはり有能だな。

サンキューノッブ。

 

ちなみに居合い切りから火縄銃に移る間に、自分のポケットに財布が無いことに気づき、火縄銃を見ている間は終始顔面蒼白だったと言うね。

あ、財布はね、車の中に大切に置いてあったよwww

 

そんなわけでこのGWで、日本100名城の4つをクリアしてきた。

次は東なら駿府城、西なら伊賀上野城か松坂城かなー。

 

おわりっ。

豊臣が衰退したのは確実に弟秀長の死だと思う

どうも、こんばんは。

 

今日はこんな記事がYahoo!のトップの画像ニュースに。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

今年は周辺で『徳川家康顕彰400年』とか謳ってるけど、実際に家康が死んだのが1616年といわれているから399年で、夏の陣落城が正式に400年ということになる。

なぜ顕彰399年なのに400年をしているのかよく分からない。

っていうか家康なんて1600年に死んでいて、その後は影武者だった説もあるぐらいだしね。

細かいとこ気にしてたら今まで行ったところ楽しめてないみたいな言い方してるっぽいですけど、なんだかんだ楽しめてるので全然大丈夫です((テノヒラクルー

 

大阪夏の陣で、って事は豊臣秀頼が亡くなったのも400年前と言うことになる。

豊臣家は一応この大阪の陣で途絶えたことになる。(正確に言えば秀頼の娘は出家しているので豊臣家が全くいなくなったわけではないが)

 

それもコレも全て歯車が噛み合わなくなったのは

 

豊臣秀長の存在が無くなったから

 

だと俺は思っている。

 

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歴史好きの人間なら必ず言うであろう「○○が生きていたら」を話し合う中で、必ず上位に上がる人である。多分こういう話の第一位は信長さんだろうけど。

 

秀長の簡単な略歴を話すと

  • 豊臣秀吉の弟
  • 藤堂高虎加藤清正などの築城名人を輩出する
  • 豊臣家のNo.2ポジションで、豊臣家のブレーン
  • 病死で早死にし、その後秀吉は老害が加速するせいで秀長ageが起こる

 

まぁこんな感じですよ。

そんなに大した武功があるわけでもないんだけど、なぜか豊臣家を語るときに出てくる人なんですよ。

秀長の存在が豊臣を支えたと言っても過言ではないんですよね、ホンマに。

 

今回、大阪の陣が400年と言うことで、焦点が真田信繁こと真田幸村がピックアップされると思うけども、その大阪の陣までの過程が非常に面白いわけで。

 

「今年で400年ですね。」

 

って言う簡単な事で済まされるのではなくて、そのバックグラウンドを是非振り返って欲しいね。

 

まぁ今回は秀長さんのことを語ろうと思ったけども、最後に…

 

真田幸村大坂の陣の時49歳だからね!?

 

どこぞの戦国シリーズで若い人みたいになってるけど、史実ではオッサンだから。

そういう点では、きちんとした年齢を知ってみるのも一つの楽しみですよ。

 

おわりっ。

1日に2城巡る幸せ感

どうも、こんばんは。

 

先日の有楽苑に続いて、(ほぼ)隣接する国宝の犬山城へ登城してきた。

 

hikashamk5.hatenablog.com

 

なんだかんだ記憶が無いぐらい小さいときに行った時以来だったので実質初。

 

犬山城入り口から見える天守

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GWだからね、人結構いるんだろうなぁとか思った。

 

確かにいるけど、予想以上に空いてる

 

ちょっとだけ並んだけど、まぁまぁスムーズに天守の中に入れた。

とかいいながら待ってるときに余裕を持ってこんな写真が撮れるというね。

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内部は木造で今まで見た城とは確かに違う。

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特にコンクリート造りの城を見に行ったことが多いので、ホントに木造の城を見るとなんか古いはずなのに新鮮。

 

天守から見た犬山城下。

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 天気が良かったので景色が非常に良い。

遠くまで見えるかと思ったけど、案外遠くは見えないものだね。

 

後ろは木曾川が流れて断崖絶壁。

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そう思うと背水の陣になってしまう可能性もね。

地元の吉田城も後ろは豊川だから、なんとなく共通点を感じた。

 

そして犬山城を正面に。

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そう思うとここに豊臣秀吉が来てここで徳川家康とにらみ合ってたと考えると歴史的にはアツいよね。

 

と言うわけで、犬山を後にして、宿泊予定の大垣へ移動しますよー。

 

名鉄で岐阜まで移動し、JRに乗り換えて大垣へ。

初の大垣に降り立って、とにかく南下する。

すると見えてくる石案内。

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テンション上がってくるーーー!!!

すぐ右を見ると

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すぐそこに見えるやん!

 

すげー、商店街からすぐそこwwwwww

って言うか割と雑wwwwww

 

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大垣城どかーんって感じ。

でも先ほどの犬山城が木造主体に対して、大垣は完全にコンクリート造り。

でもね、うん楽しい。

 

天守から見える上ってきた道を見下ろす。

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その天守から見た大垣駅方面。

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ちょっと画質が粗いのは網戸越しに撮ったから。

開けておくと鳩が入ってくるらしい。

確かに同じ高さを鳩めちゃくちゃ飛んでた(笑)

 

天守から降りて銅像と大垣城

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銅像は戸田氏鉄。

大垣藩初代藩主なんだが、生まれは地元二連木。

つまり豊橋と大垣は結構親密な関わりがあった。

地元の英雄がこうやって持て囃されると嬉しいもんだね。

 

そんなわけで犬山大垣の城を巡ってきましたよ。

 

最後に…。

大垣城で見つけたとあるポスター。

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大垣戦隊セイグンジャー…だと……

 

色々と空回りして負けそう 

 

中央と白装束は分かるけど他は誰なんですかねぇ…。

 

おわりっ。